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こんにちはー。お酒ミライの神奈川建一です。

唐突だけど、日本酒の杜氏が酒米を最重視するのは、ミュージシャンが楽器を細心の注意をもって選ぶのと同じではないだろうか?

何を言ってるんじゃー?と思われるだろうから解説すると、多くの蔵元、杜氏さんが「お米は酒の命」というようなコメントをされます。日本酒の原材料は「米、麹、水」(に醸造用アルコールと添加物)だけなのだから、当然だよね。お米の出来以上のお酒は生まれないというのも納得できる。そのため、より最高のお酒を目指すために、自分でお米を作り始めた蔵元もいるぐらいである。

これってミュージシャン、例えばギタリストがギターに対して抱いている感情に近いのではないか。ギタリストは、ギターがなければ音楽は演奏できない。そしてギター以上の音をつくることもできない。まさか自分の声をギターの音にミックスするわけにもいかないし。当然いつも最高のギターを求め続けることとなる。プロ用ともなると、1本100万、200万するというのも頷けるものだ。


ただ、これを消費者(日本酒なら飲み手、音楽ならリスナー)から見ると、違って感じられる。


まず日本酒だけど、お米の出来の違い、種類の違いは、飲み手にはほぼ判別不能である。H28BYみたいな全部のお米の出来が悪かった時はさすがに僕ら素人でも気づいたけど、例えば兵庫県東条産特A山田錦と岡山県産の普通の山田錦を飲み比べても、まず区別つかないだろう。同一銘柄で精米歩合も造りも同じなら、詳しい人であれば可能かもしれないけど、銘柄が別になってしまえば無理だ。酒米の種類も同様で、同じ酒米を使っても造り手が異なれば味は全然違うので、ワインのように品種で味を区別する意味がほぼない。結論として、お米は飲み手にとって重要な意味を持たない。

音楽の場合、リスナーがその音楽を好きになる理由は、メロディーラインの美しさだったり、共感できる歌詞だったり、あるいは歌い手その人のキャラクターだったりする。いくら楽器がないと音楽は生まれないとはいえ、あるギターが使われているからその曲が好きという人は、ほとんどいないだろう。また、曲を聞くだけでどの楽器で演奏されているか判断するのは、大半の人にとっては不可能だ。そんなことより、メンバーが入れ替わってギタリストが別のミュージシャンになったり、歌詞の一部が変更されて曲の持つ意味が変わることのほうが、リスナーにとって重要なはずである。つまり、リスナーにとって楽器は重視するものではない。

どうだろうか。生産者と消費者ではここまで酒米に対する(楽器に対する)意識が異なるのだ。

日本酒だけでなく酒類においては、造り手の意見が強く流布しそれが「正しい知識」となりやすい印象がある。ただ、おいしいお酒を造ることと、おいしいお酒を飲むことは意外と非対称で、造り手の想いと飲み手の希望はズレているのではないだろうか。日本酒というジャンルでは、造るために使用される酒米において、この違和感を強く僕は感じるのだ。


結論としては、「日本酒では酒米の種類は気にしないで良い」である。いっそ無視していいだろう。考える要素が少なくなれば、より味の核心に迫れるだろうし、自分好みのお酒を探しやすくなる。日本酒は造り(純米吟醸とか本醸造とか)と後処理(無ろ過生原酒とか、あらばしり・中取り・責めとか)が味に大きく影響を与えるので、こちらから理解するのをおすすめする。

僕自身は、同じ銘柄でお米違いのお酒を飲み比べることも大好きだ。その蔵の考え方がわかって面白い。ただ、これはファンの密かな愉しみというべきものだと思う。飲み手として日本酒を知りたいなら、酒米については一旦脇に置いてみてはどうだろうか?







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