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 こんにちは~、日本酒ブロガーの神奈川建一です。

 現在ものすごい人気を誇る日本酒が、秋田の銘酒「新政(あらまさ)」です。お酒の入手は年々難しくなり、最近は店頭に並ばないぐらいです。開催されるイベントは、公式のものも私的におこなわれるものも大盛況!ファンの熱量が半端なく、今もっとも勢いのあるブランドと言っていいでしょう。

 新政の特徴を一言で言うとすれば、「日本酒とは思えないほど軽やかで飲みやすいが、フルーティかつ複雑で奥深い味わいを持つ」といったところでしょうか。初心者が入りやすく、熟練者もうなるような魅力ある味わいこそが新政のすごさです。

 ところで、ファンの方には常識ですが、新政は「きょうかい6号酵母」という微生物のみを使ってお酒をつくっています。酵母とはアルコールをつくってくれるありがたい生き物ですが、新政は数ある酵母の中でも6号酵母だけ利用しているのですね。

 その理由は、この6号酵母が新政発祥だからです。新政の酒蔵に住み着いていた優秀な酵母を全国で利用しようということで、昭和10年に醸造協会からきょうかい6号酵母の名前で販売されたのですね。当時の大ヒット商品(?)だったそうですよ。新政の人気銘柄「No.6(ナンバーシックス)」は、この酵母の名前が元ネタです。

 今の新政の味そのものをつくっているのが6号酵母というわけです。さぞや優秀な酵母なのでしょう!新政の公式HPに説明が載っているので、読んでみましょう。

 『この「6号酵母」の味わいですが、現在の最新の酵母たちにくらべると、地味な印象を与えることは否めません』

 え・・・地味ぃ・・・?

 新政ほど地味なんて言葉が似合わないお酒はないでしょ!?

 じゃあ、ウィキペディアで調べてみましょう。

 『酒の仕上がりは穏やかな香りで、淡麗にしてソフトな酒質に適する』

 ソフトな酒質はともかく淡麗?ジューシーな味わいを持つ新政に、ぜんぜん似合わない言葉だ!

 これはどういうことなのでしょうか?そう、実は新政の味わいは6号酵母以外の要素がずっと重要なのです。日本酒の味わいは非常に複雑な工程を経て完成するので、醸造の主役である酵母の役割は、僕たちが思っているよりかなり小さいのですね。

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 では、実際に新政の味わいをつくっている要素を、僕なりに分解して解説してみます。少し専門用語が出てくるのでわかりにくいのですが、酵母以外の要素がそんなにあるんだ!と感じていただければと思います。

・瓶燗火入れ(香りの複雑化)
・原酒(インパクトのある味わい)
・低アルコール(飲みやすさと濃厚さの両立)
・吟醸づくり(フルーティな香り)
・4MMP(フルーティさを複雑化)
・元禄仕込み(濃厚な味わい)
・微炭酸(爽快な舌触り)
・木桶発酵(香りの複雑さ)
・熟成(滑らかさを増やす)
・オーク樽熟成(香りを複雑化)

 ※文章末に詳細な説明を書きましたので、興味がある方は読んでみてください。

 ざっとこんな感じです。かなりたくさんあるのがおわかりになると思います(これ以外にも、飲み手には気づきにくい細かい工夫がたくさんあります)。しかも、この要素の中で酵母が直接関わっているのは、吟醸づくりと4MMPしかありません。

 新政の味わいは、6号酵母以外の技術や工夫がつくっている部分がとても大きいのです。

 日本酒は僕たちが思っている以上に複雑でして、細かい工程の微妙な調整の積み重ねで味わいがつくられます。なので個々の影響はかなり小さくなるのです。それは、日本酒の主役と思われている酒米や酵母も同じです。

 日本酒はつくっている人の創意工夫が、味をほんとんどを決めます。酒米も酵母もそれを扱う人のアイデア次第で大きく味わいを変えるのです。日本酒はつくる人の人格そのものを味わうお酒と言っていいでしょう。新政がここまで人気なのは、蔵元をはじめとした新政酒造で働く人の人間力が、見事に味に現れているからなのですね。

 日本酒は奥が深くてまだまだ学び足りません!今後も新しい気付きがあったら共有しますので、読みに来てくださいね~。





【付録 各テクニックの解説】

・瓶燗火入れ
 新政のお酒は基本的に火入れ(加熱殺菌処理)ですが、瓶に生のお酒を詰めてからお湯で火入れしています。通常だと加熱で揮発してしまう香り成分が瓶内に残るので、お酒に複雑さが出ます。

・原酒
 普通の日本酒は発酵が完了して、しぼった後に水を加えますが、新政は無加水もしくはほとんど加えないで商品化しています。これが新政らしい飲みごたえのある味わいをつくっています。

・低アルコール
 通常の日本酒は普通に醸造するとアルコール度が17%~19%まで上がるのですが、途中で急激に冷却することで酵母の活動を止めて、アルコール度の低いのお酒をつくるテクニックがあります。最近の新政は13%ぐらいが多いです。これによってお酒の中に未発酵の糖分が残り、新政らしいトロリとした甘味がつくられます。

・吟醸づくり
 発酵時にタンクの温度を10度以下にすることで、酵母がフルーティな吟醸香をつくりだします。人気の酒蔵の多くが採用しているテクニックです。6号酵母は吟醸づくりによって酢酸イソアミルというフルーティな香りをつくります。ただし、この香りはすべての清酒用酵母が生産できるので、6号酵母独自の香りではない点に注意です。

・4MMP
 吟醸づくりをする際、一定の条件(低精白、低たんぱく米、低アルコール)がそろうと生産される香りです。酵母の種類はどれでもOKなのも特徴。新政はNo.6など一部のお酒で採用されている香りです。マスカットなどのフレッシュでフルーティな印象を持ちます。

・元禄仕込み
 お酒を発酵させる際に、投入する水の量を通常より減らすテクニック。江戸時代の仕込み方法を参考にしているので元禄仕込みと名付けられています。お酒の濃厚さが増し、コクのある味わいになります。

・微炭酸
 酵母が発酵してアルコールができる際に、同時に二酸化炭素も生まれます。そのため、できたての日本酒は炭酸飲料みたいなシュワシュワした味わいになります。空気に触れないようにしぼってすぐに瓶詰めすると、お酒の中に炭酸が残りシュワッとした爽快な味わいになります。新政の多くのお酒で活用されています。

・木桶発酵
 酵母がお酒を発酵する際に使うタンクを、よく使われているステンレスタンクではなく、昔ながらの杉の木桶を使う方法です。近年の新政でよく使われます。ほんのり杉の香りがお酒に混ざるので、味わいの複雑さが増します。

・熟成
 新政のお酒は出荷前にしっかり熟成をしています。これによってお酒の味わいが落ち着き、滑らかな舌触りになります。新政は瓶に製造年月と出荷年月が記載されているので、熟成期間が確認できるようになっています。

・オーク樽熟成
 熟成時にオーク樽を利用するテクニック。発酵からは生まれない香りをお酒につけることができるので、味わいの印象が変わります。厚みのあるコクが強い印象になります。