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 こんにちは~、日本酒ブロガーの神奈川建一です。

 日本酒に関する会話の中で、「カプ」とか「イソ」のような言葉を聞いたことはないでしょうか。いったいなんの暗号かと思いますよね。なにかの合言葉ですか!?みたいな(笑)。

 この2つの言葉は、日本酒に特有のフルーツのような香りを構成する成分の略称です。それぞれ「カプロン酸エチル」「酢酸イソアミル」といいます。

 今回は、この2つの重要な香りについて解説してみようと思います。香りの解説はなかなか難しいのですが、できる限り伝わるように頑張るので、ぜひ読んでみてください!

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 まず、そもそもなのですが、日本酒の香りを語るのになぜこのような化学用語が使わるのでしょうか?「バナナの香り」や「リンゴの香り」みたいな、誰でも想像できる言葉のほうが向いていると思いませんか。他のアルコール飲料では、プロの方はともかく、僕らのような消費者はイメージしにくい化学用語などは使いませんよね。

 実は、ある程度日本酒に詳しくなると、カプロン酸エチルと酢酸イソアミルという言葉を使った方がお酒を理解しやすくなります。その理由は、日本酒の香り成分はこの2つしかないからなのです。正確に言うと、フルーティさを感じさせる成分はこの2つしかない、ですね。今の日本酒の主流はフルーティなタイプなので、カプとイソがとても重要なのです。

 日本酒はとても香りがシンプルなアルコール飲料でして、居酒屋や酒屋さんにあんなにたくさん商品が並んでいても、お酒の香りはこの2つの香りの組み合わせだけで構成されているのです。ちょっと驚きですよね。

 そのため僕たち消費者レベルでも、他のお酒ではなかなか難しい化学成分の嗅ぎ分けが可能となります。こうなると化学用語を使ったほうが日本酒の理解が進みやすいのですね。おわかりいただけたでしょうか。

 それでは、2つの香りについて個別に説明します!

◆「カプロン酸エチル」 華やかだけど臭い

 よく「カプ」と呼ばれるのがカプロン酸エチルという成分です。よくリンゴのような香りと解説されますが、香りのバランスによって感じ方は変わりますので、あまり固定的なイメージを持たないほうがいいですね。

 日本酒の香りとしては比較的最近生まれたものであり、近年のフルーティな日本酒ブームを支えているのは、このカプロン酸エチルであると言っていいでしょう。濃厚で甘いフルーツをイメージさせる香りです。あの獺祭は、このカプがメインの香りとなっているんですよ。カプロン酸エチルに衝撃を受けて、日本酒ファンになった方も多いはずです。

 しかし、このカプロン酸エチル、日本酒をよく飲む人から苦手と言われることがけっこうあります。「飲みづかれる」「杯が進まない」「食事の邪魔になる」などなど、そんな意見をリアルでもネットでも聞きますね。これはどうしてでしょうか?

 理由は2つあります。まず、カプロン酸エチルをつくるには大量の糖分が必要なのです。そのため、カプロン酸エチルがはっきり香るお酒をつくると、必ず甘いお酒になってしまうのですね。このあたりが辛口派の日本酒好きに避けられる理由です。

 もう1つの理由は、カプロン酸エチルは香りの濃度が濃すぎると、人によっては臭いと感じるためです。カプロン酸エチルの素となるカプロン酸という成分は脂肪酸の一種なのですが、この脂肪酸というグループは臭い印象を持つものがけっこう多いのです。そのためカプはについては、牛乳のにおいや、場合によっては獣臭のような印象を感じる方もいます。個人差がありますが、これがカプが苦手な人が一定数いる理由です。

 ここ10年ぐらいのエレガントで華やかな日本酒を支えているのは、間違いなくこのカプロン酸エチルです。ただデメリットもあるので、使い方のさじ加減は酒蔵のセンスが問われるのでしょう。

◆「酢酸イソアミル」 基本の爽やかな吟醸香

 次は「イソ」と呼ばれる酢酸イソアミルです。こちらもカプロン酸エチルと同様にフルーティな印象を持つ成分です。カプロン酸エチルはいくつかの条件がそろわないと生まれないのですが、酢酸イソアミルはフルーティなお酒をつくると必ず生まれる成分です。そういう意味では、日本酒の基本の香りと言っていいかもしれません。

 よく言われる酢酸イソアミルの香りのイメージとしては、バナナやメロンといった果物です。こちらもカプの場合と同じく、他の香りとのバランスや飲む人の感性によってイメージが異なるので、あまり固定的に考えないほうがよいでしょう。

 カプロン酸エチルと比べると、より爽やかですっきりしたフルーツの香りを感じます。ちょっと涼しげな印象もありますね。フルーティな日本酒が生まれてからずっと活躍してきた香りなので、伝統ある成分と言えるでしょう。

 お酒をつくる時に過剰な糖分を必要としないので、辛口の日本酒でも酢酸イソアミルがしっかり香るお酒がつくれます。また、カプロン酸エチルをつくると酢酸イソアミルも同時に発生するので、カプロン酸エチルと酢酸イソアミルのバランスは、そのお酒のキャラクターを決める重要な要素となります。

 酢酸イソアミルも難しい点があって、イソをつくると同時にマジックインキやセメダインのようなにおいも発生してしまうんですね。バランスを間違えるとこれらの不快なにおいが目立ってしまい、お酒の味が落ちてしまいます。ここが蔵元の腕の見せ所となるのですね。

 まさに現代日本酒の縁の下の力持ち、それが酢酸イソアミルです。どこにでもいるので、ぜひ気づいてあげてください。

イソカプ比較

◆カプとイソの豆知識

 最後にカプロン酸エチルと酢酸イソアミルの、ちょっとした面白い小ネタをご紹介します!

 まず、酒蔵がある県によって、香りの使い方が異なるということです。特に有名なのは山形県と静岡県ですね。山形県はほぼすべての吟醸酒がカプロン酸エチル系、静岡県はほぼすべての吟醸酒が酢酸イソアミル系になっています。これは使っている酵母の違いから生まれた差なのですが、なかなか面白いですよねー。

 山形県なら、くどき上手、楯野川、出羽桜、十四代など。静岡県なら、磯自慢、喜久酔、開運、初亀など。日本酒に詳しい方ならすぐイメージできるのではないでしょうか。

 次に食べ物との相性です。カプロン酸エチルの素であるカプロン酸が脂肪酸と説明しましたが、これが理由でカプロン酸エチル系の日本酒は、脂肪酸をたっぷり含んだ料理との相性がよいです。具体的にはイクラなどの魚卵系や、和牛の霜降り肉などです。ちょっとイメージしにくいかもしれませんが、合わせると驚きますよ。

 酢酸イソアミルはカプに比べて低温でも香るので、お酒を冷やして飲むのに向いています。濃厚な原酒なら、ロックもいいでしょう。キリッと冷やすなら、イソ系の日本酒がおすすめです。

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 日本酒の二大香気成分を解説してみました。いかがでしたでしょうか。たった2つの香りから、あのなんとも言えない日本酒のフルーティーな印象がつくられているとは驚きですね。もちろん他にも香りの成分はあるのですが、主役がこの2つであることは間違いありません。

 カプロン酸エチルと酢酸イソアミルを理解すると、日本酒がめちゃくちゃ楽しくなるのでおすすめです!文章だけではなかなか理解しにくいでしょうから、例えば酒屋さんでお酒買う時や飲食店で飲む時に、詳しそうな店員さんがいたら聞いてみるといいでしょう。

 また、本格的に勉強したい!という方は、僕の通ったインフィニット酒スクールがおすすめです。カプ、イソにとどまらず、日本酒の深い知識が得られること間違いなしですよ〜。

 今回もお読みいただき、ありがとうございました。また来てくださいね!






化学の知識がある方は、こちらがおすすめ。マジでアカデミックな解説が読めます。



日本酒の味わいにおける香りの重要性については、こちらの記事をどうぞ。