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 こんにちは〜、日本酒ブロガーの神奈川健一です。

 酒屋さんや通販サイトで日本酒を買う時に、よく見かけるのが「生酛(きもと)」や「山廃(やまはい)」の文字。ただでさえ日本酒の銘柄は読みにくい漢字で書かれているのに、さらに読めない文字をつけるなー!って怒りたくなりますが、けっこう見かけるので何となくシカトできませんよね。

 そこで僕らはネットで検索して生酛や山廃の意味を調べてみるわけですが、書いてあることを読んでもいまいち理解しずらく、モヤっとした気持ちになったりしませんでしょうか?解説の通りである気もするけど、この前飲んだ生酛はそんな味じゃなかったとか、これは山廃っぽい!と思ったら速醸(そくじょう)という名前のお酒だったりとか…。

 こんなモヤモヤがなぜ生まれるのか。それは生酛・山廃に大きく関係する「酒母(しゅぼ)」に対する誤解のせいなのです。

◆酒母は味をつくらない

 『生酛・山廃とはなにか。それは「酒母」のつくり方です。酒母のつくるための技術として、生酛仕込、山廃仕込というテクニックがあるのです』

 うわー、また新しい漢字出てきた。酒母ってなんなのよ?

 『酒母は酒づくりに使う酵母という微生物を育てる工程です。実際の酒づくりと同じように、お米、麹、水、酵母を入れて発酵させた液体をつくります。これが酒母と呼ばれ、この中で酵母を育てます。酒母が完成するとそれを元にして、本格的な酒づくりである醪(もろみ)による発酵を行います』

 ほうほう、酒づくりの前に酵母を育てるのが酒母であると。酵母ってあれだよね。お米から生まれた糖分をアルコールにしてくれる小さな生き物だよね。

 あれ、酒母はお酒の味に関係ないの?生酛とか山廃で味わいが変わるんじゃなかったっけ。完成した日本酒の何割かは酒母が混ざっているんだよね?

 『酒母は味もアルコールも含んでいる液体ですが、お酒をつくる際に12〜20倍に薄められるので、味に対しては影響がほとんどありません』

 えー!?じゃあ、なんでつくり方がいろいろあるのよ?

 『酒母のつくり方によって育つ酵母の性格が変わるためです。しかし、出来上がった酵母をどうやって使うかは造り手のアイデア次第なので、酒母のつくり方でお酒の味は単純に決まらないのです』

 酒母の目的は味をつくることではなく酵母を育てること。そして酵母は使い方次第でいろんな味をつくれるから、一律に味は決まらない。結果、飲み手はその差を感じにくいと…。

 な、なんてこった。生酛・山廃って味に直接関係ないのかー!

酒母補足図


◆なぜ生酛・山廃は誤解されるのか

 というわけで、実は生酛・山廃という酒母のつくり方の違いではお酒の味は決まらないのですね。もちろん酵母の育ち方(発酵する際の性能)が異なるので、間接的に味わいに影響します。しかし、日本酒はつくる人の創意工夫で味が大幅に変わるお酒なので、僕ら飲み手には酒母の差を感じることはあまりできないのです。

 でも、生酛・山廃はこういう味わいである、という解説はよく見ますよね。また、僕がこの記事で説明したような話をする酒蔵さんもあります。この混乱が僕らのモヤモヤ感の原因なのですが、これはどうしてでしょうか。

 それは、酒蔵さんごとに酒母に対する向き合い方が違うからです。生酛・山廃に対する考え方がたくさんあるんですね。
 
 例えば、「生酛・山廃でつくったお酒は濃醇で酸味高くコクがある」という説明は、伝統的な生酛・山廃づくりを目指している酒蔵さんの考え方です。これはこれで正しい説明と言えます。

 対して、生酛・山廃でつくった方が、よりきれいで洗練された味わいになると主張する酒蔵さんもあります。これは新しい生酛・山廃のお酒を追求するため、伝統的なつくり方とはまったく異なる製法を選択しているので、酒母に関する説明が違ってくるのですね。

 つまり、現代の日本酒の酒母づくり(ひいては日本酒のつくり方そのもの)にはいろいろな考え方があって、意見がバラバラなのです。これは現代という時代が日本酒の変革期であるからだと言えるでしょう。僕ら飲み手が混乱するのも、ある意味しょうがないのですね。

◆日本酒は進化する

 いかがでしたでしょうか。生酛・山廃に対するモヤモヤが、少しは解消されたのなら嬉しいです。

 お酒というのは常に進化するものですが、日本酒は特にそのスピードが早いです。そんな日本酒がさらに大変革しているのが今の時代なんだと思うのです。生酛・山廃を知ろうとすると、モヤモヤしてしまうのがその証拠ではないでしょうか。

 飲み手の楽しみ方すら変わりつつあるのが現代日本酒です。このエキサイティングな時代に巡り会えたのをラッキーだと思って楽しく飲みたいですね。



<参考>
「日本酒の科学」和田美代子・著/高橋俊成・監修
「日本酒を好きになる」甲斐勇樹・著
「日本ソムリエ協会教本 J.S.A SAKE Diploma Second Edition」日本ソムリエ協会・編
「インフィニット酒スクール 日本酒コース中級テキスト」インフィニット酒スクール・編



モダン系生酛の雄・仙禽の生酛・山廃への考え方がよく分かる動画です。おすすめ。